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タイムラプスインキュベーターについて
培養室では、採卵後に患者様からお預かりした卵子・胚をインキュベーターと呼ばれる培養器の中で見守っています。インキュベーター内は母体環境の一部を模倣しているため、温度変化や光、酸化ストレス等の負荷を可能な限り抑えた環境で卵子・胚の培養が行えます。しかしながら、従来型のインキュベーターを用いた場合、観察のために卵子・胚を一時的にインキュベーター外に出す必要があり、短時間ではありますが、培養環境に負の影響が生じます。当院では、こうした問題を解決するために2016年よりタイムラプスインキュベーターを導入しております。タイムラプスとは、一定間隔で連続撮影した静止画を繋ぎ合わせることで長時間の事象の変化を短時間で表現できる機能であり、現在ではスマートフォン等でも使用可能な技術です。タイムラプスインキュベーターは、この機能を搭載したカメラを内蔵したインキュベーターであり、培養中の卵子・胚をインキュベーターに入れたままの状態で観察することができます。
タイムラプスインキュベーターを用いるメリットとしては、
- 卵子・胚の培養環境の安定化
- 撮影された画像を元にした正確な胚の評価
が考えられており、2019年の欧州生殖医学会(ESHRE)のガイドラインにおいても、“タイムラプス培養は、生殖医療に不可欠な手法となってきた”と結論付けられています。
今回の記事では、タイムラプスインキュベーターの有用性を論じた研究についてご紹介させていただきたいと思います。
紹介論文
Rubio I, Galán A, Larreategui Z, Ayerdi F, Bellver J, Herrero J, Meseguer M. Clinical validation of embryo culture and selection by morphokinetic analysis: a randomized, controlled trial of the EmbryoScope. Fertil Steril 2014; 102:1287-1294.
2012から2013年の間にスペインの2つの施設で顕微授精を施行した843名女性(タイムラプスインキュベーター使用:438名、タイムラプスインキュベーター不使用:405名)の着床率、妊娠率、妊娠継続率、早期流産率を前向き、無作為化、二重盲検、ランダム化比較試験により解析し、タイムラプスインキュベーターの有用性について検証した報告になります。また、この報告ではインキュベーターの違いによる受精率および胚発生への影響についても解析結果が示されています。
結果
この研究では、患者さんの平均年齢が30歳台前半と若く、また複数胚移植が多く行われているため、我が国における成績と多少異なる部分がありますが、タイムラプスインキュベーター使用群では、Day5良好胚盤胞率、採卵周期あたりの妊娠継続率、移植周期あたりの妊娠継続率、移植胚当たりの着床率の有意な上昇がみられ、妊娠当たりの早期流産率で有意な低下がみられました。以上の結果から、タイムラプスインキュベーターで胚培養を行い、得られた情報から移植胚の選択を行うことの有用性が示されています。
当院では、タイムラプスインキュベーターに限らず、様々な機器導入に際し、こうした先行研究で得られたエビデンスの確認を行っております。また、導入後も当院でのデータを解析し、適切な運用方法について議論を重ね、患者様にとってより良い医療が提供できるよう努めております。