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2021.10.18 blog

加齢と精液中ORPの関係

卵子の元となる始原生殖細胞の数は、女児がまだ母体内にいる胎生5か月ごろにピークを迎え、約700万個が作られます。妊娠後半ではこの細胞数は減少し、出生時には200万個となり、排卵が起こり始める思春期頃には30万個となりますが、その後作られることはなく、排卵までの長い期間、母体内で貯蔵され続けます。そのため、母体の加齢に伴い、卵子も老化していきます。こうした卵子の老化の影響は35歳以降で顕著となり、妊娠率の低下や流産率の上昇につながります。

では、男性側の生殖細胞である精子は老化の影響を受けないのでしょうか?卵子とは異なり、精子は思春期以降に毎日作り続けられるため、老化の影響についてはあまり議論が進んでいませんでした。しかし、近年の研究により、男性の加齢に伴い精液所見の一部(精液量、運動率、正常形態率、DNA正常率)が低下することが報告されており1,2、精子も老化の影響を受けることが明らかとなってきました。こうした原因としては、加齢に伴い、精子が作られる精巣内環境や、射出後の精液環境のいずれか、または両方が悪くなり、精子に悪影響を及ぼしている可能性が考えられます。

当院でも、加齢が射出後の精液環境に及ぼす影響に焦点を当てた解析を行いました。
(この解析結果はInvestig Clin Urol.に論文掲載されています。)
当院では、34歳未満の群と比較し、34歳以上の群で、酸化ストレスの指標となる精液中ORP(Oxidation-Reduction Potential)が有意に高値となり、一部の精液所見(精液量、運動率、頭部振動数)の有意な低下がみられることを明らかにしました(表1)3。これらの結果は、男性年齢と精液中ORPが強く関係していることを示しており、精液中ORPの上昇が加齢による精液所見低下の一因となる可能性を示唆しています。

もともと精子は酸化ストレスに対して脆弱な細胞ですが、加齢によって精液中の酸化ストレスが増大することで、さらに多くの損傷を受けてしまいます。加えて、日々の生活習慣の中で酸化ストレスを溜めてしまう他の要因(タバコ、睡眠不足、運動不足、肥満、不適切な食生活など)がある場合は、さらに精子の質を低下させてしまう可能性があります。

加齢に伴う精子の質の低下を完全に防ぐことは難しいですが、上記のような酸化ストレスを増加させやすい習慣がある方は、これを改善することで精子の質の低下を最小限にとどめることが期待できます。まずは、取り組みやすいところから始めてみてはいかがでしょうか?

表1 34歳未満および34歳以上の男性患者の特徴と精液のパラメーターの比較

引用文献

  1. Kidd SA, Eskenazi B, Wyrobek AJ. Effects of male age on semen quality and fertility: a review of the literature. Fertil Steril. 2001 Feb;75(2):237-48. doi: 10.1016/s0015-0282(00)01679-4. PMID: 11172821.
  2. Wyrobek AJ, Eskenazi B, Young S, Arnheim N, Tiemann-Boege I, Jabs EW, Glaser RL, Pearson FS, Evenson D. Advancing age has differential effects on DNA damage, chromatin integrity, gene mutations, and aneuploidies in sperm. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jun 20;103(25):9601-6. doi: 10.1073/pnas.0506468103. Epub 2006 Jun 9. PMID: 16766665; PMCID: PMC1480453.
  3. Nago M, Arichi A, Omura N, Iwashita Y, Kawamura T, Yumura Y. Aging increases oxidative stress in semen. Investig Clin Urol. 2021;62(2):233-238. doi:10.4111/icu.20200066.