甲状腺と不妊症 Thyroid and Infertility

甲状腺機能低下症と不妊症・流産

甲状腺機能低下症といっても、どういった状況を指しているのかあいまいになることが多いので、以下の当サイト内の説明での用語は下記のように統一します。

甲状腺機能低下症:甲状腺ホルモン(主にfT4)が低い方
潜在性甲状腺機能低下症:甲状腺ホルモン正常でTSHが一般の基準値より高い方(測定法により異なりますが通常TSH>4-5mIU/Lの方)

生殖年齢女性での甲状腺機能低下症の割合は2-4%。不妊症の患者さんではTSHの値が高い傾向にあります。顕性甲状腺機能低下症(明らかな甲状腺機能低下症でfT4やfT3が低い場合)では、排卵障害を原因とする不妊症になりやすくなり(甲状腺機能低下症では23%が排卵障害、甲状腺機能正常者では8%)、甲状腺機能が低下すればするほど、その頻度が高くなります。

甲状腺機能の最も信頼性の高い指標は、TSH値であり(一部の甲状腺の病気を除く)、TSHが高ければ甲状腺機能が低く、TSHが低ければ甲状腺機能が高いという評価になります。以前は妊娠率や流産率を考慮してTSHの基準をもっと厳しく変えるべきとの考えがあり、基準を2.5mIU/L前後にするべきとの意見がありました。しかし、比較的最近の研究では、TSHの値が2.5mIU/L以上でも未満でも妊娠率や流産率に違いはないと報告され、また2017年にはTSH>5mIU/Lで甲状腺ホルモン補充した場合には流産率を下げられる可能性があるものの、TSH2.5−5.0mIU/Lで甲状腺ホルモン補充を行った場合では、流産率は下がらず妊娠合併症の頻度が上がると報告されました。2017年のアメリカ甲状腺学会(ATA)でのガイドラインにおいても、TSHが一般の基準を超える場合は甲状腺ホルモン補充が推奨されているものの、TSH>2.5mIU/Lの状況での治療は推奨されていません。

甲状腺機能低下症と不妊

それぞれの項目について、甲状腺機能低下症と不妊との関連について報告されていることを挙げると、だいたい下のようになります(報告されていても確立した見解というわけではありません)。

1. 甲状腺機能低下症と受精率
  • TSHが高くなると受精率が低下する。
  • 甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン補充を行っても、甲状腺機能正常者に比べて受精率は低い。
  • 潜在性甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン補充を行っても、受精率は改善しないとの報告と受精卵数が増加するとの報告がある。
  • TSHのレベルが受精率と反比例する(ただしその後の報告ではその関連性は確認できず)。
2. 甲状腺機能低下症と着床率
  • 甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン補充を行っても、甲状腺機能正常者に比べて着床率は低い。
  • 潜在性甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン補充を行った方が着床率は上昇する。
3. 甲状腺機能低下症と妊娠率
  • 甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン補充を行っても、甲状腺機能正常者より妊娠率は低い。
  • 潜在性甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン補充を行った方が妊娠率は上昇するという報告と、変わらないという報告がある。

甲状腺機能低下症と流産

甲状腺抗体の有無にかかわらずTSHが高いと流産率が上昇し、TSHの値が2倍になる毎に流産率が60%ずつ上昇する(1.6倍になる)という報告があります。甲状腺ホルモンが胚の成長や黄体の機能に影響しているため、その機能の低下が流産に関与している可能性があります。また甲状腺ホルモンは、NK細胞などの流産に影響するような免疫反応の調整因子となっている可能性もいわれており、そのような免疫の状態が流産につながっているのかもしれません。ただし、顕在性甲状腺機能低下症も潜在性甲状腺機能低下症も流産とは関係ないとする報告もあります。全体的にみると、顕性甲状腺機能低下症も潜在性甲状腺機能低下症も流産の増加に関連している可能性は高そうです。

甲状腺ホルモン補充を行った場合に流産が少なくなるかどうかについては、甲状腺機能低下症の方に甲状腺ホルモン補充を行うと甲状腺機能が正常の方の流産率と変わらなくなるという報告や、潜在性甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン補充により流産率が低下するという報告などがあります。効果が無いとする報告もあるものの、甲状腺ホルモン補充により流産を減らせる可能性は高いと考えられます。また甲状腺抗体が陽性の場合には妊娠初期に甲状腺機能低下症になりやすく、それが流産率上昇の原因となっている可能性があります。くり返しになりますが潜在性甲状腺機能低下症の基準はTSH4.0-5.0mIU/L以上で、ほとんどの報告はその基準を用いています。TSHの正常値を2.0-2.5mIU/L以下とするべきという意見もありましたが、最近の報告ではその考えは否定されつつあります。TSH>2.5mIU/Lで早産傾向、出生体重減少傾向になるという報告や、妊娠初期(妊娠12-13週まで)に甲状腺抗体陰性者に対してTSH>2.5mIU/L以上で甲状腺ホルモン補充を開始すると流産率を減らせるという報告がありましたが、より大規模で行われた研究では、TSH>5mIU/Lで甲状腺ホルモン補充した場合には流産率を下げられる可能性があるものの、TSH2.5−5.0mIU/Lで甲状腺ホルモン補充を行った場合では流産率は下がらず、妊娠合併症の頻度が上がると報告されています。2017年のアメリカ甲状腺学会からの指針においては、TSHが一般の基準を超える場合は甲状腺ホルモン補充が推奨されているもののTSH>2.5mIU/Lの状況での治療は推奨されていません。

当院でのデータ

では、実際当院でのデータがどうなっているかということを示します。基本的にTSHが一般基準での正常値を超えている潜在性甲状腺機能低下症では、原則、甲状腺ホルモン補充を行っておりますので、基準値内で比較的TSHやfT4が高い方と低い方との比較になります。当院で2014年からの3年間に初回採卵を行った方の中で、甲状腺ホルモン(TSHおよびfT4)が正常で甲状腺の病気をしたことがなく、甲状腺関連の薬も服用していないのは1949名でした。この中では甲状腺ホルモンの違いにより、受精率や胚盤胞到達率に差を認めませんでした。
またその後の初回凍結融解胚移植での結果は下のグラフの通りでした。

当院でのデータ
当院でのデータ

当院のデータでは、正常範囲内であればTSHが高めだからといって妊娠率が下がったり流産率が上がったりということはありませんでした。なお、現在当院で採用している甲状腺ホルモンの検査方法はデータ解析時のものから変わっていますので、当院通院中の方はご注意ください。